EUにおける男女の賃金格差問題

 

先月,EUROSTAT(欧州統計局)から公表された男女の賃金格差が話題になっていました.EU全体では賃金格差は縮小傾向が続いているもののそのペースは緩慢で,このペースだと男女平等が実現するのに100年以上かかるとのことです.また,フランスなど一部の国では賃金格差が開いています.

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出所:データはEUROSTAT.EU(28か国ベース)のデータは2010年から.

 

このグラフは,男性の賃金を100とすると女性はどれくらい低いかを表しています.20%ということは,男性が1カ月に3000ユーロ稼ぐ場合に女性は2400ユーロと80%の水準にとどまることを示しています.

2015年で最も格差が大きい国はエストニアで26.9%,最も小さい国はイタリアとルクセンブルクで5.5%です.ドイツは3番目に格差が大きい国です.ちなみに,ワークシェアリングで有名なオランダは16.1%とEU平均(16.3%)よりは少しましな程度です.フィンランドは低下傾向にありますが,グラフはおおむね横ばいです.

 

賃金格差の要因は2つ考えられます.第1は男女差別であり,これが主要な要因だといえます.ただ,男女差別は数値化して分析するのが難しいので,ここでは第2の要因であるスキルの差を検討してみましょう.

日々の仕事をする過程で私たちは様々な問題に対処しなければならず,それがスキルを向上させます.例えば,関連法規が変われば新しい法律に対応する必要があります.失業しているとスキルを伸ばすことができず,就業者とスキルの差が開いてこれが賃金の格差につながります.まずは,長期失業率の男女差を見てみましょう.

 

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出所:データはEUROSTAT.

 

長期失業率は12カ月以上失業している人々の割合です.2000年代は男性の方が低かったのに対して,2010年代は男女差がなくなっています.ここからは,男女の賃金格差を説明することはできなさそうです.ちなみに,25歳未満の若年層の失業率(長期も短期も含む)は2000年代は女性の方が高く,2010年代は男性の方が高くなっています.

 

次に学歴を見てみましょう.一般に,学歴が高いほど賃金は高くなります.EU全体で見ると,2003年には大学生の女性比率は54.5%,2012年には54.9%とわずかですが女性の方が多くなっています.

もう少し詳しく見てみましょう.学歴を初等教育まで,中等教育(高卒)まで,高等教育(大卒)までと3段階に分けて見たのが次のグラフです.EU平均では,高等教育を終えた人の割合は男性で28.9%,女性で32.5%と女性の方が高くなっています.ほとんどの国で女性の方が比率が高く,ヨーロッパ31カ国の中で男性の方が高いのはルクセンブルク,オーストリア,ドイツ,スイスだけです.

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出所:データはEUROSTAT.2016年.高等教育の女性比率の上位3カ国と下位3カ国.

 

これらのデータからは,全体として女性の方が高学歴であることが分かります.そうであれば女性の賃金が高くなってもいいはずです.

 

次に,企業での出世を見てみましょう.マネージャークラスの男女比を見ると,以下のようになります.

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出所:データはEUROSTAT.2016年.EU平均は33%.上位10カ国と下位10カ国.

 

女性が過半数を超える国はないようです.少し面白いデータとして,男女の賃金格差が最も低いイタリアとルクセンブルクは女性マネージャーの比率が低いグループに入っています.ちなみに,オランダは下から3番目です.『ヨーロッパ経済とユーロ』第6章でも紹介していますが,ワークシェアリングの負担は女性と若年層に偏っており,女性がキャリアを積みにくくなっています.スキルの向上の面から見て,パートタイムとフルタイムでは差が出てしまうためです.

 

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 出所:データはEUROSTAT.2016年.EU平均は31.9%.上位10カ国と下位10カ国.

 

オランダは76.4%の女性がパートタイムになっています.オランダは男性も26.2%とEUの中では断トツに高いですが(EU平均は8.8%),圧倒的に女性に偏っています.ちなみに,ヨーロッパ31カ国で男性の方がパートタイマー比率が高い国はありません.比率の高い国はヨーロッパの中でもどちらかというと先進国,比率の低い国は途上国になり,低い国々ではパートタイムという働き方自体が浸透していないのでしょう.はっきりとした関係は出ていませんが,女性のパートタイムの多さはマネージャーになる比率が少なくなる要因の一つといえそうです.

 

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出所:データはEUROSTAT.2016年.就業率の最も高いスウェーデンと最も低いギリシャを比較.

 

次のグラフは子供の数と就業率の関係です.子供が生まれると就業率が下がると予想されますが,実際には子供がいる女性の方がより働いています.子供の数も2人までは就業率には影響せず,3人目になると下がります.特にドイツの下がり方が大きいですが,ドイツでは子供の家庭教育の役割が大きく,女性に負担が偏っている可能性があります.ただしこのグラフからは就業率しか分かりませんので,出産を機にフルタイムからパートタイムに移動してスキルの蓄積が不足する可能性を否定できません.

 

全体的に見ると,女性は学歴が決して低くなく,出産しても働き続けています.ただし,女性はパートタイムに追いやられやすいことで出世が遅くなり,賃金の高い職につけていないことが分かります.このような労働時間の差がスキルの差になっているとすると,賃金の高い職種ほど差が開きやすくなり,実際に店舗の販売員ではあまり差がないものの,企業のマネージャークラスでは大きな差が開いています.

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出所:データはEUROSTAT.2014年.

 

一方で,このデータは男女差別を表しているともいえます.専門職やマネージャーになるためには高い能力が必要で,そのハードルを越えた人同士の比較であるにもかかわらず,賃金格差が大きいためです.男女の賃金格差はスキルの違いで説明できるかもしれませんが,最も重要な要因ではなく,男女差別が最も大きいのではないかと示唆されます.ヨーロッパは最も男女間の平等が進んでいる地域ではないかと思われますので,他の地域ではさらに格差が大きくなっているかもしれません.

 

本日はここまで.