ブルガリアとクロアチアがERMⅡに参加

今日はユーロ導入に向けた準備についてのお話です.2020年7月10日に,ブルガリアとクロアチアがERMⅡというEUの仕組みに参加しました.ERMⅡは自国通貨のユーロへの切り替えを希望する加盟国が参加しなければならない枠組みです.

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夕日に映えるドブロブニク.クロアチア南部の観光地です.

 

 

ブルガリアとクロアチア

ブルガリアは2007年1月に,クロアチアは2013年7月にEUに加盟しました.現在のEU加盟国は27カ国(イギリスが2020年1月に脱退しました)ですが,クロアチアが最も新しいEU加盟国となります.クロアチアの通貨はクーナ(HRK)です.クロアチアはクロアチア語でHrvatskaということから,通貨記号がHRで始まっています.

 

ブルガリアは2007年のEU加盟国で,EU27カ国の中では最も経済発展が遅れている国です.バラやヨーグルトなどの農産物が有名です.ブルガリの通貨はレフ(BGN)です.複数形のレバの方がなじみがあるかもしれません. 

 

ERMⅡに参加したEU加盟国は,中心相場から±15%の幅で対ユーロの為替レートを維持する義務を負います.クロアチアは1ユーロ=7.53450クーナに,ブルガリアは1ユーロ=1.95583レバで固定されます.

 

ブルガリアは1997年からカレンシーボード制という政策を採り,ブルガリアレフとドイツマルクの為替レートを固定させていました.ドイツがユーロに移行したため,レフはユーロに固定されています.つまり,ブルガリアレフとユーロの為替レートは20年以上,ほぼ一定だという実績があります.

 

クロアチアクーナは1994年以降,変動相場制を採っており,ユーロとの為替レートは自由に変動しますが,実際には,1999年以降は対ユーロの為替レートは中心相場から±4.5%の範囲で変動しています.20年以上にわたって±4.5%というのはかなり小さな範囲です.円とドルでいうと,20年にわたって1ドルあたり10円程度の幅に収まっているのと同じです.クーナとユーロの相場もおおむね一定といっていいでしょう.つまり,両国とも為替レートの変動幅が小さいという面では,ユーロへの切り替え準備ができているといえます.

 

ユーロに参加するためには,インフレ率が低いこと,長期金利が低いこと,財政赤字が少ないこと,為替レートが安定していることの4条件を満たす必要があります.2020年,2021年の財政赤字は大幅に増えるとみられていますが,おそらく何らかの斟酌が図られるでしょう.その他の3つの条件を満たすことは比較的簡単なため,両国のユーロ参加の可能性は高いといえます.

 

詳しい情報は,ECB(欧州中央銀行)のレポートにあります.

The European exchange rate mechanism (ERM II) as a preparatory phase on the path towards euro adoption – the cases of Bulgaria and Croatia, ECB Economic Bulletin, Issue 8/2020.

 

資本の流入

ユーロは1999年に11カ国で導入され,2001年にギリシャを加えて2002年に12カ国での現金流通が始まりました.その後,2007年のスロベニアをはじめ参加国が徐々に増え,2015年のリトアニアの参加で19カ国に広がっています.

 

また,観光地ではユーロ参加19カ国以外の国でも使える場所が増えています.SEPAという仕組みによって,ユーロのデビットカードや銀行振り込みも36カ国でできるようになっています.

 

ユーロに参加すると,他のユーロ地域から投資が増えることが予想されます.これまでも,ユーロ参加につながるERMⅡ参加後に投資の流入が増えています.

 

図 ERMⅡ参加後の投資の流入(対GDP比,%)

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出所:ECB Economic Bulletin, Issue 8 / 2020, p.91.

 

図の黄色の部分は直接投資で,企業の買収や工場の建設などの企業経営にかかわる投資です.赤は証券投資で株式や債券などの購入です.緑の部分はその他となっていますが,大部分は銀行間の資金の移動です.オーストリアにある銀行がスロバキアに進出し,スロバキアの支店に資金を送金すると緑の部分にカウントされます.t時点でERMⅡに参加し,t+1はその1年後を表しています.

グラフの一番右では緑の部分がマイナスになっていますが,エストニア,リトアニア,スロベニアが2004年にERMⅡに参加した4年後に2008年の金融危機が起こり,その後,東側各国の支店から西側各国の本店に資金が戻ったことを表しています.

 

図 ERMⅡに参加していない国への投資の流入(対GDP比,%)

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出所:ECB Economic Bulletin, Issue 8 / 2020, p.91.

 

こちらは東欧諸国の中でもユーロに参加していない国々のグラフです.t時点は,チェコ,ハンガリー,ポーランドは2004年,ブルガリアとルーマニアは2007年,クロアチアは2013年とEU加盟の年になっています.EU加盟により投資が流入する現象も知られており,t+1の1年後やt+2の2年後にかけて投資が増えています.右の方で数字が下がっているのも2008年の金融危機の影響です.

 

2つのグラフを比べるとどちらも投資が増えて同じように見えますが,左端の数字が異なっています.ERMⅡ参加国は最大でGDP比30%ほど投資が流入しているのに対して,ERMⅡの非参加国は最大で10%の流入にとどまっています.EU加盟のインパクトよりもERMⅡ参加のインパクトの方が大きいことが分かります.

また,ERMⅡ参加国は緑のその他投資の部分が大きいことが分かります.つまり,金融機関による資金移動が活発になるということです.

 

ユーロ参加国が通る道

ここから,ユーロに新しく参加した国がどのような状況になるのか推測できます.オーストリアなどの西側から資金が大量に流入し,それが企業や家計への貸し付けに回ります.図では赤の証券投資の部分が小さくなっていますが,オーストリアの銀行→スロベニアの銀行→スロベニアの個人→株式購入,という経路になると緑で表されることになります.株価や不動産価格の上昇が始まり,金融危機などをきっかけに資金の逆回転が始まります.

 

2000年代末には,ギリシャなどの南欧,ハンガリーなどの東欧など様々な国で金融危機の深刻な影響が出ました.西欧のアイルランドやEUに参加していないアイスランドのような北欧の国も大打撃を受けていることから,EU加盟やユーロ参加だけが問題だとは言えません.これらの国に共通しているのは,外国と国内との資金移動が活発になっていることで,EU加盟やユーロ参加はきっかけの1つだといえます.ただし,様々なきっかけの中でもユーロ参加(ERMⅡ参加)の影響はかなり大きいといえます.

 

ブルガリアとクロアチアも同じ道をたどる可能性は高いと予想されます.大量に流入した資金が株式市場などに流入してブームが生じ,その後大きなバストが発生する道です.これを止めるには急激な資金流入を防ぐ手段が必要ですが,実効的な手段があまりありません.ヨーロッパでは21世紀に多くの国がブームとバストを経験しています.その経験が生かされることを祈るしかありません.

 

ブルガリアとクロアチアへの観光は,あまりなじみがないかもしれませんが,個人的にはおススメです.ブルガリアは物価が安く,首都のソフィアなどではヨーロッパと中東の両方の雰囲気が味わえます.近年はかなり改善されてきていますが(ソフィア空港から市内中心部まで地下鉄が通りました),交通の便は必ずしも良くないので,下調べが必要です.クロアチアではレンタカーでの移動がおすすめです.高速道路が整備されており,南部のドブロブニクまで車で移動できます.アドリア海沿岸の都市やプリトヴィーチェ国立公園など巡るのも楽しいです.

 

 

本日はここまで.