地理的表示(GI)の誤解

 

今日はEUの農産物のお話です.

フランスのニュース番組で,GI表示の付いたチーズの多くは工場で大量生産されている,という話題を扱っていました.このような製品は昔ながらの方法で小規模に作っていると思われていますが,実は違うというニュースです.

 

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(出所)EUホームページ.

 

EUはGI(Geographical Indication:地理的表示)という農産物の保護政策を進めています.いわゆるブランド農産物の認定制度で,知的財産権制度の一つとして一定の基準を満たした農産物にマークを付けることができます.ヨーロッパのスーパーで上のようなマークを見たことがあるのではと思います.

EUでのGIは3種類あります.PDO(Protected Designation of Origin)は原産地呼称保護といい,製品の材料から加工,仕上げまで特定の地域で行うものに付けられます.一番左の赤いマークです.Bordeaux(フランス,ワイン),Tiroler Bergkäse(オーストリア,チーズ),Pistacchio verde di Bronte(イタリア,ピスタチオ)などがあります.

真ん中のマークはPGI(Protected Geographical Indication)で地理的表示保護といい,製品の品質や評判が一定の地域に関連しているものに付けられます.PGIでは地域外の材料を使うことも認められます.Liliputas(リトアニア,チーズ),Walbecker Spargel(ドイツ,白アスパラ),Lammefjordskartofler(デンマーク,ジャガイモ)などがあります.

一番右のマークはTSG(Traditional Speciality Guaranteed)で伝統的特産品保証といい,特定の地域との関連はなくても伝統的な生産方法によって特徴づけられているものに付けられます.Hollandse maatjesharing(オランダ,ニシン),Prekmurska gibanica(スロベニア,ケーキ)などがあります.

 

フランスのニュース番組で問題にしていたのは,PDOのマークが付いているのに工場で作っていることです.農場の小さな工場で人が作っていると思っている人が多いのですが,実際は近代的な設備で作っています.あるバターでは木の樽で作ることが条件になっていますが,高さが3メートルもあるような巨大な木の樽に牛乳を入れて機械で混ぜていました.

このような生産方法は確かにGIの条件を満たしています.『ヨーロッパ経済とユーロ』77ページで紹介しているエシレバターは牛乳の品質と産地,木の樽を使った製法で条件を満たしており,機械で混ぜるか人が混ぜるかは関係ないようです.小さな規模で伝統的な方法を守っている生産者も多く残っているでしょうが,それでは輸出できるほどの量は確保できません.工場での生産は問われないのです.

 

先ほどの3つのマークの説明でも,工場生産は排除されていません.PDOは現地で材料を調達して加工すればOKです.PGIではワインを作るために他の場所からブドウを買ってきても構いませんし,TSGでは生産方法がポイントなのでその国のどこで作っても構いません.GIマークがついているものはすべて伝統的な製品だと考える消費者の誤解の方に問題がありそうです.このような問題はBioマークでも起きており,Bioマークがついたものを消費者がオーガニック製品や伝統的栽培方法を使っていると勘違いしています.

日本でも産地名やブランド名の付いた農産物をありがたがる傾向があるため,過剰なブランディングや偽物問題が起きています.このような問題の背景には先進国の農業はコスト面で途上国に勝てないことがあるのでしょう.オランダなどICT化を進めて農産物を輸出している国もありますが,まだまだ少数派です.ブランドを付けることで高く売れるのであればそれに乗るのは当たり前ですし,マスコミを利用してブランドを売り込むのも当然です.そのような情報を無批判にありがたがることに問題があり,マスコミ情報を受け売りするような態度にも問題があるのでしょう.このような問題の放置は長い目で見てブランド農産物の信用失墜につながります.生産者側にも丁寧な説明が必要であるように思われます.

 

EUのGI農産物はDOORというデータベースで管理されています.

 

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(出所)DOORデータベース

 

この記事の執筆時点で登録済みの農産物は1409(PDO630,PGI723,TSG56)あります.そのうちEUの農産物は1389登録されています.登録上位にはEUの農業国が並んでいます.EUはGI制度を農産物以外にも広げたいと考えているようです.将来は木工製品なども登録対象になるかもしれません.

 

GIではもう一つややこしい点があります.GIマークの呼び方が加盟国によって異なっていることです.ここでは,上位5カ国のPDOマークを並べてみました.

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(出所)EUホームページ

英語ではPDOですが,フランスではAOP,他の国ではDOPになっています.このようにデザインは同じですが,国によって呼び方が異なるのは少し不便な感じがしますね.

 

本日はここまで.