イタリアのモンテパスキ問題の解決に向けて

 

今日はイタリアで3位の銀行,モンテ・パスキ・ディ・シエナ銀行(Banca Monte dei Paschi di Siena:MPS)についてです.モンテパスキ銀行は現在営業している銀行としては最古の銀行で,1472年の営業開始です.2000年に経営が悪化し,大きな問題を抱えていました.

 

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(出所)データはMPSホームページ

 

MPSの2016年までの経過は,川野祐司「イタリアのモンテ・パスキ銀行を巡って」ITIフラッシュ,No.311をご覧ください.

 

2014年のECB(欧州中央銀行)による包括査定,2016年のEBA(欧州銀行協会)によるストレステストでモンテパスキ銀行は不合格となっていました.これらのテストでは,もし,大きな不況が生じたら銀行の経営はどうなるのか,というシナリオが試されます.銀行は自己資本と家計や企業から集めた預金,債券発行などで集めた資金をもとに貸付業務を行っています.景気が悪化して貸したお金が返ってこなくなると,銀行は自己資本を食いつぶして穴埋めをします.それでも足りなくなると,預金も穴埋めに使うことになり,つまり私たちが預けたお金が返ってこなくなります.この状態が銀行の破綻です.

現在のところ,モンテパスキ銀行の経営は苦しいものの,2017年第1四半期の決算では,純利益は1億7000万ユーロの黒字を確保しており,自己資本比率(CET1)も6.5%とかなり低いですがとりあえずは何とかなる水準です.EUの自己資本比率指令(CRR/CRDIV)ではCET1と呼ばれる自己資本比率は4.5%以上となっていますが,これは本当の最低水準で,できれば10%近くは欲しいところです.

 

モンテパスキ銀行は2016年にリストラ計画を立て,自己資本の増強を試みましたが,資金を出してくれるスポンサーが見つからず,政府に資金を出してもらう計画を立てました.ところが,EUの銀行同盟のルールでは,政府による銀行の救済が認められません.このルールをベイルインといいます.政府がお金を出す前に,株主や債券の保有者がお金を負担し,それでも足りない部分についてはEUの単一破綻処理基金が負担します.ただし,この基金を使うのはモンテパスキ銀行が破綻した時,または近い将来の破綻が避けられない時の話です.

本来であれば,モンテパスキの株式の価値を減らしたり(減資といいます),債券の返済をカットしたりして浮いたお金を自己資本に回さなければいけないのですが,ここで問題がありました.モンテパスキが発行している社債には,個人投資家が多く買っているものがあったのです.

 

社債とは企業や銀行が発行する借用証書のことです.投資家から見ると,銀行などにお金を貸して金利収入が得られる金融商品です.社債は非常に種類が多く,条件付きのものがたくさん発行されています.モンテパスキが個人に販売した社債は,金利が高い代わりにモンテパスキの経営が悪化したら株式と交換するという条件が付いていました.株式と交換するので価値がゼロになるわけではありませんが,経営が悪化したモンテパスキの株価は1株15ユーロと,2013-14年の1株500ユーロ前後に比べて大幅に安くなっています.4万人ともいわれるモンテパスキの債券保有者が納得するわけがありません.

政治問題化を避けるためにイタリア政府が乗り出しましたが,イタリア政府による資金供給は2017年1月に欧州委員会に却下されました.その後,イタリア政府の要望で再審査が続いていましたが,6月1日に許可が出ました.その理由として,モンテパスキは近い将来破綻する可能性がなく,破綻銀行への公的資金の注入には当たらないということでした.一方,今回の措置はEUが原則として禁止している企業に対する政府援助に当たるため,役員の給与は一般社員の10倍未満にするなどの規制も受けることになります.

 

イタリアにはモンテパスキのような問題を抱えた銀行が多く,不良債権の処理に多額の費用が必要とされます.今後,イタリア政府が他の銀行も支援する道が開けたことで,イタリアの不良債権問題の解決に向けた第一歩が踏み出せそうです.ヨーロッパでは銀行の貸出増加に必要なのは銀行が利益を上げることだという研究がありますが,不良債権の処理は銀行の収益を引き下げます.不良債権処理が進めば,銀行には貸出を増やす余力が生まれ,イタリア経済に好影響を与えるかもしれません.

しかし,銀行の再編や銀行のモラルハザード(いざとなれば政府が助けてくれるので努力しなくなる)の問題は解決できず,ベイルインの精神も崩れてしまいました.これが前例となって,今後金融機関の経営問題が起きるたびに税金が投入されることになるでしょう.

本当は,黒字のうちにモンテパスキを破綻させ,優良債権を持つ銀行(グッドバンク)と不良債権を持つ銀行(バッドバンク)に分けるべきでした.そして,イタリアの個人が保有する債券も紙くずにして,安易に銀行の債券を買ってはいけないという教訓を残すべきでした.このニュースはヨーロッパ中の銀行が知っています.社債を個人に買ってもらえばこの部分は必ず政府が助けてくれる,という悪い情報を流すことになります.

 

モンテパスキは支店網の縮小,個人向け金融の強化などの再建中です.問題の最終的な解決は,モンテパスキの改革がうまくいくかどうかにかかっています.まずは一歩進みましたが,今後も注目していく必要があるでしょう.

 

本日はここまで.