パンデミック下でも増え続けるユーロ現金

今日は増え続けるユーロの現金のお話です.

 

ユーロ紙幣の流通残高(億ユーロ)

f:id:uchocobo:20220201164038p:plain

出所:データはECB.

 

目次

 

20年の歴史を持つユーロ

上の図は,『ヨーロッパ経済の基礎知識2022』の223ページの図のデータを追加したものです.ユーロの現金は2002年に流通が始まりました.当初はギリシャも含めて12カ国での流通開始でしたが,2007年から2015年にかけてユーロ参加国が増えていき,現在では19カ国まで広がっています.

 

ユーロ紙幣は2013年より第2シリーズのエウロパ紙幣に順次切り替えられています.エウロパ紙幣は,エウローペーの顔が印刷されている,傾けると色の変わるインクが使われている,などの特徴があります.

ユーロの紙幣は5ユーロから500ユーロまでの8種類で始まりましたが,エウロパシリーズでは500ユーロは印刷されておらず,200ユーロまでの7種類になりました.500ユーロは今後も使えますが,200ユーロへの置き換えが進んでいます.

 

現金の流通には季節性があります.ユーロも日本円と同様に12月に流通量が増えて1月に減る傾向があります.ヨーロッパでは日本のお年玉はありませんが,クリスマスに向けて買い物が増えたり,家族に買い物を頼んで現金を預けたり,といったことがあるようです.

 

危機が起きると現金が増える

経済危機などの社会不安が起きると,現金が増えることが知られています.グラフでは分かりにくいですが,2008年のリーマンショックのときにも500ユーロ(グラフの茶色の線)が急増しています.人々は不安を感じると,現金のような価値のあるものを手元に置きたいと考えるようです.

ヨーロッパでは2010年代にキャッシュレス化が進みました.ヨーロッパではクレジットカードよりもデビットカードの方が使われており,デビットカードがスマートフォンに搭載されるモバイルペイメントも普及しています.キャッシュレスが使える場所も増え続けており,パンデミック下で現金が増えるのかどうか注目されました.

 

上のグラフを見ると,2020年頃から現金の残高は急増しており,ユーロ導入以来最大の伸び幅となっています.ECBの経済月報のレポートも参考にしながら,もう少し様子を見ていきましょう.以下が参考文献です.

 

www.ecb.europa.eu

 

高額紙幣の伸びが大きい

上に戻ってグラフを見てみると,50ユーロ,100ユーロ,200ユーロが大きく増えています.日常的な支払いでは,5ユーロ,10ユーロ,20ユーロも多く使われていますが,こちらはパンデミックで大きく増えていません.おそらく,キャッシュレス化の進行とパンデミックによる現金需要の増加が相殺されているのではないかと思われます.

 

50ユーロは日常の買い物に使われます.ユーロ地域では21世紀に入って年間2%程度のインフレが続いており,20年で約1.5倍に物価が上昇しています.2000年代には店頭で50ユーロ札を出すと嫌な顔をされましたが,2010年代後半では50ユーロ札の利用は当たり前になってきました.また,50ユーロ札は退蔵(家の中での貯金)にも使われています.ECBのレポートを見ると,50ユーロ札の約30%は退蔵されているようです.

100ユーロ札も店頭で使えますが,多くは退蔵だと思われます.200ユーロは退蔵がメインだと考えていいでしょう.ただし,南欧では現金決済も多く残っており,中古車の売買などで使われている可能性があります.

 

こうしてみると,パンデミックで増えたのは現金の退蔵需要だということになります.下図を見ると,ユーロの現金のうち日常的に使われているのは20%程度に過ぎず,28-50%が退蔵されています.数値に幅があるのは推定値だからです.人々がどれくらい退蔵しているのかは各種アンケートなどから推定されますが,アンケート調査には限界があり,かなり幅が大きくなります.

 

ユーロ現金は何に使われているのか

f:id:uchocobo:20220201164610p:plain

出所:ECB Economic Bulletin, p.137.

 

グラフを見ると,ユーロ地域外への流出が30-50%と推定されています.北アフリカ,東ヨーロッパ地域などの周辺地域への流出に加えて,観光客による持ち出しもあります.ユーロ地域外への流出は増加傾向にあるとみられており,パンデミックで増えた現金の多くは域外へ流出したとみられています.

北アフリカは政情が不安定な国が多く,モルドバなどのEUよりもさらに東の地域は経済発展が遅れています.これらの地域は銀行の利用率が高くないことや,自国通貨よりも価値の安定している外国通貨を欲しがることが特徴です.パンデミックによる不安感から現金の退蔵需要が増加しました.人々は自国通貨ではなくユーロを欲しがったため,ユーロ地域から現金が流出したわけです.買い物が目的ではないため,高額紙幣への需要が高まりました.

 

私は調べていませんが,アメリカドルにも同じような傾向が見られるのではないかと思います.アメリアドルやユーロの現金残高が減少に転じるのはかなり先になるでしょう.アメリカ国内やユーロ地域でキャッシュレス化が進行するだけでは,現金残高を減らす効果が足りないからです.

 

現金の統計は難しい

ユーロは旧札も新札(エウロパ紙幣)も使えます.日本でも1円札から1万円札まで多くの旧札が有効となっています.

その他有効な銀行券・貨幣 : 日本銀行 Bank of Japan

 

火事や水害などにより,紙幣は一定の割合で社会から失われてしまいます.ヨーロッパには紙幣切り替えにより旧札が無効になる国もありますが,日本やユーロ地域では旧札が有効になっているため統計上は全額が社会に残っていることになります.日本は経済規模に比べて現金残高が大きい国として知られていますが,旧札を無効にすれば統計に載せる必要がなくなり,より正しい数字を把握することができるようになります.

旧札を無効にすれば,紙幣切り替えのタイミングで旧札が銀行に戻ってきます.これを還流といいますが,還流額は把握できるので,発行額から還流額を引いた数値が社会から失われた金額ということになります.このような統計も現金のライフサイクル(発行から流通を経て還流されるまで)を知るための重要な情報となります.

 

キャッシュレス化が進んでも,少なくとも今後数十年は現金というシステムを社会に残す必要があります.社会には様々な事情を抱えた人々が所属しており,支払いという誰もが行う経済活動を支えるためのインフラが欠かせないからです(参考:「真にユニバーサルなキャッシュレスを」『季刊 個人金融2021年秋号』).そのため,現金についての理解を深めることは重要です.

 

 

本日はここまで.