広がる観光客嫌悪症(tourismphobia)

 

今日は観光に関するお話です.

最近,ヨーロッパのメディアでtourismphobiaという用語を目にすることが増えてきました.特にスペインでの反観光運動を指して使われていますが,ここでは観光客嫌悪症としておきます.イタリア,スペイン,クロアチアなどの一部の地域では反観光運動が起きていて,日本語のメディアでも取り上げられるようになってきています.

 

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(出所)データはEUROSTAT.外国人の宿泊者数上位5カ国(日帰り客は含まない).イギリスを除く(最新データがないがおそらく第5位で2500万人ほど).

 

ヨーロッパは観光地として人気があり,観光客が年々増加しています.観光業は特に南欧地域では重要な産業となっており,多くの雇用も生み出しています.その一方で,増えすぎた観光客に対する地元住民の怒りも増しています.

2016年あたりから反観光に関するニュースが増えていますが,Claire Colomb and Johannes Novy eds. (2017), Protest and Resistance in the Tourist City のような研究書も発行されるなど多くの関心を集めています.同書ではスペインだけでなく,ベルリン,パリ,ベネツィアなどの事例を取り上げています.

 

観光客嫌悪症のニュースを見ていると,反観光の動機は2種類あるように思えます.

第1は,観光客の数や振る舞いに関するものです.ベネツィアやバルセロナなどで見られます.観光客が多く訪れることで地域住民の生活が破壊されるという意見です.観光客が夜遅くまで騒ぐ,ごみをまき散らすなどの行為は確かに見られます.ベネツィアではごみの収集も運河と船で行われますが,観光客が増えれば増えるほどごみ問題は大きくなります.ベネツィアでは,観光客に対して市内中心部への入場料金を課す方法が検討されています.さらにベネツィアでは大型クルーズ船が地元の漁業に悪影響を及ぼすという反対運動もあり,広がりを見せています.また,市内中心部での観光客用のホテルなどの新規建設に対して罰金を科すことも検討されているようです.

また,クロアチアのドブロブニクでも旧市街地への観光客の流入問題が起きており,大型クルーズ船から下船する観光客数を監視カメラでチェックしています.将来は入場制限や入場料(現在は城壁に上る人のみ入場料を支払っています)の導入もあり得ます.

イギリスでは空港や飛行機の機内で飲酒が原因で逮捕された人の数が増加しているそうです.BBCの報道では1年間の逮捕者数は397人で前年比1.5倍だそうです.

パリでも反観光の意見があり,観光客増加による交通機関の混雑などが背景にあります.

観光客の数自体が問題であり,さらに,観光客たちの行動が問題というわけです.写真やビデオを撮るために狭い道路をふさいだり,飲酒して騒いだりすることは,観光客にとっては一度限りですが,地元の住民にとっては毎日のことであり悪夢だという意見もうなずけます.スペインでは観光客を襲撃する事件が発生していますが,ヨーロッパで今後増えていくものと予想されます.日本人観光客は比較的マナーが良いといわれていますが,私たちも観光では羽目を外さないように気を付けるべきでしょう.

 

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ドブロブニクのケーブルカーです.真下に旧市街が見えます.ドブロブニクは入場料などが高いため,ドブロブニクカードの購入がおススメです.ちなみに,この展望台には車でも来ることができます.ただし,途中の道と駐車場はとても狭いので注意してください.

 

第2は,経済に与える影響です.これには民泊も関係しています.観光客が押し寄せることで,観光地には宿泊施設が増えていきます.住宅価格や家賃が高騰し,特に低所得者にとっては住居を確保することが難しくなりつつあります.スペインのバルセロナではAirbnbなどの民泊サービスに貸出すために住民を追い出すアパートもあるといわれています.フランスの観光地では,夏だけレストランなどで働く人々の宿泊場所の確保が難しく,片道100㎞通勤している人がニュースで紹介されていました.住宅価格の高騰は観光客だけでなく移民もターゲットとなっており,スイスでは2014年の国民投票で移民の流入数を制限する案が可決されています.

スペインのバレアス諸島では,2017年8月に観光客向けの宿泊施設の上限を設けることになりました.民泊も含めてベッド数の上限を約62万にしますが,上限は徐々に減らされて数年後には12万になる見通しです.違反すると民泊業者であっても罰金が科せられます.

スペインのバルセロナで反観光運動をしているグループが報道されていますが,彼らも住宅価格問題を強調しています.このグループは路上で観光バスを止めて観光客に怒鳴りつけたり,マヨルカ島で観光客に発煙筒を投げつけたりして問題となっていますが,彼らの意見に対しては表明されないだけで賛同している人も一定数いるのではないかと思われます.

ヨーロッパには移民に加えて難民も大量に流入してきており,住宅の確保は難しくなってきています.住宅問題を解決するための観光客数のコントロールは広がっていくのではないかと思われます.一方で,観光客の流入はレストランなどサービス業の雇用を生んでいますが,そのことはあまり報道されていません.ただし,観光は季節性がある産業で,夏だけなど一定期間のみ雇用されるケースも多いと考えられます. また,これらのサービス業は必ずしも人気のある就職先ではなく,地元経済に及ぼす影響は大きくないのかもしれません.

 

 

ヨーロッパの人々は日本よりも休みが多くて夏はよく遊んでいるのではないかと思われていますが,EUROSTAT(欧州統計局)の統計によると,1週間の休みが取れないヨーロッパ人は32.9%いるとのことです.スウェーデン,ルクセンブルク,デンマーク,フィンランド,オーストリア,オランダ,ドイツはこの割合が20%を切っており,多くの人々がバカンスを楽しめています.一方,ルーマニア,クロアチア,ブルガリア,キプロス,ギリシャ,ハンガリーでは50%を超えており,半分以上の人がバカンスを取れていません.イタリアやスペインもEU平均を超えています.傾向としては,北欧などの経済が豊かな国では休みも多く,逆に南欧や東欧などは低くなっています.南欧や東欧で反観光運動が目立つのは,自分たちが観光に行けないのに他国から観光客が大勢押し寄せて生活を破壊する,という思いがあるのかもしれません.

 

 

日本は観光を振興させようとしていますが,観光には裾野が狭いという特徴があります.××寺とか△△の滝などの観光名所の恩恵は狭い範囲にしか及びません.名所の周辺は物品販売などで恩恵を受けますが,500mから1㎞離れただけで恩恵はほとんどなくなり,交通集中などの被害が目立つようになります.○○の駅のような特産物販売所も一部の会員などだけが恩恵を受けます.観光業は広い範囲の人々を巻き込むのが難しい分野であり,地域の分断を生みやすい産業です.多くの人々に恩恵が行き渡るような工夫が必要です.

観光では,マナー,エチケット,常識などの言葉は全く通用しません.これらの言葉は同じ文化圏で過ごした狭い範囲の人々でしか共有できないからです.国や言語,文化が違えば常識も異なるのが当たり前です.観光地ではしっかりとしたルール作りと,なぜそのルールが必要なのかという説明により,反観光の感情を少しは抑えることができるでしょう.

 

最後にEUROSTATから統計をもう一つ.以下はヨーロッパでの2016年のアイスクリームの生産量トップ10です.

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(出所)EUROSTAT

 

ジェラートの国,イタリアが約19%でトップです.ポーランドは菓子で有名な国です.イタリアでは約6億リットル生産されたそうです.アイス1本で0.1リットルとすると,EU全体で約300億本,イタリアだけでも60億本生産されたことになります.

 

本日はここまで.