世界陸上をみて思ったこと

日本でも連日,世界陸上が放送されていると思います.ドイツでもテレビ放送されていますが,日本でみていたものとは放送が異なるので,そのお話をしようと思います.だいたいどんな話かは想像がつくとは思いますが.

気になったことはたくさんありすぎますが,ここでは,3つに絞りたいと思います.

まずは,実況のあり方です.ドイツの放送では,アナウンサー+解説という簡単なキャストで放送されます.この解説も過去のメダリストなどが呼ばれるケースが多いようです.過去のメダリストが今大会のメダリストにインタビューする場面が何度かありました.日本のようにスポーツのことが分からない,何だか分からないキャストを設定して,ぎゃあぎゃあ騒いだりしません.また,ドイツの放送ではキャストがテレビに映るのは,原則として,放送時間の初めと最後,競技のない空白の時間帯です.スポーツ番組なので,競技を中心に流すのは当然ですよね.日本では競技が映っている時間帯とキャストのどうでもいい画面とどちらが長いでしょうか?

この問題には,背景としてテレビ局に番組を作る能力がないということがありますが,もっと重大な問題も含んでいます.これからスポーツを始めようとする子供たちが,このような変な番組を見て,どういう影響を受けるのか全く考えられていない,ということです.陸上競技に限らず,日本のスポーツは国際舞台では弱いですが,その原因の一つに,子どもたちが競技をちゃんと見る機会が少ない,ということがあると思います.

どの競技でもそうですが,選手によってトレーニング方法も違えば競技に対する考え方や作戦も違うため,例えば100メートル走でも走り方が一人一人異なります.日本の番組では,特定の選手ばかりにスポットを当てて,その選手だけを放送する傾向がありますが,金メダルを取れない選手でも様々な工夫をしていて,それらを比較することは,競技に対する目を養う意味でもとても大切です.日本ではプロ野球や相撲の放送は1回の放送で多くの選手が見られるので,ファンの目も肥えています.誰々は流し打ちがうまいとか,この力士は右が入らないと全然ダメだとか,そういうことを知っている人は多いものですが,他のスポーツではどうでしょうか.

日本のテレビ局の場合,選手に注目するときにも,わけのわからないあだ名をつけたり,選手の生い立ちや境遇などを一生懸命になって放送しています.こんなものは,競技を楽しむには全く不要です.世界陸上をドイツでみていると,競技の紹介の場面で,白黒テレビ時代の競技の模様を流したり,過去の選手と新しい選手の映像を重ねて比較したりしていました.走り幅跳びの所では,数十年前のドイツの選手(名前は分かりませんでした)とカールルイスの跳躍を重ね映像にし,この間にどれくらい記録が伸びているのか一目で分かるような映像を流していました.どうして,8m95cmのパウエルではないのかはちょっと気になりましたが.また,棒高跳びの説明では,何分もかけて,選手の一連の動きについて詳しく説明していました.これらが比較の基準になるので,選手の癖や個性が分かりやすくなります.注目の仕方が違うわけですね.

選手個々の競技レベルの向上も大切ですが,スポーツファンの目が肥えることも大切です.民放局に能力がないのであれば,スポーツ専門チャンネルで放送した方がいいでしょうね.

2つ目は国歌についてです.表彰式で国歌が流れるときは,当然のことながら起立・脱帽し,無駄な私語も控えます.私がテレビで見ていた限りでは,ベルリンの会場では,観客席のほとんどの人がきちんと起立していました.ビールを飲みながらの人もいたかもしれませんけどね.もちろん,国歌が流れている間は,テレビのキャストは一言も話しません.これは,国際的な常識ですが,日本ではどうだろうと考え込んでしまったのです.

国歌が流れている間に起立・脱帽するのは,優勝した選手に敬意を表すだけでなく,その選手の国に対しても敬意を表していることになります.これをしないということは,相手をバカにしているということです.日本人にはそのつもりがなくても,相手はそう考えます.最近は国際人を育てるために子供に英語を教えようとしていますが,そんなことよりも,もっときちんと教えないといけないことがたくさんあるはずです.

日本人は,国歌が流れるときに起立・脱帽する習慣がついているのか疑問がわきました.最近は,学校の教師が国歌が流れているときに起立しないというニュースが流れており,これが本当だったら大問題です.子どもたちが将来,国際舞台で恥をかき,日本や日本人のイメージダウンにつながります.なんでも,歌や旗が気に入らないから起立しないということだそうですが,個人的に好きかどうかということと子供たちにマナーをきちんと教えるかどうかということは別だということは明らかです.気に入らないのなら,新しいものに変えるように議論を発し,世論に訴えていけばいいわけです.こういうことも分からない教師には,どう行動するのが子供たちのためになるのか,よく考えてほしいですね.

教育がきちんと行われていないため,日本のスポーツ番組では,国歌が流れているときにキャストが平気で話をしています.国歌が流れている間に,画面がスタジオに戻ったり,CMが入ったりするのも見たことがあります.今回はそういうケースはなかったでしょうか.

最後は,マスコットキャラのベルリーノ君です.金メダルを取ったドイツの女子選手に抱きついて押し倒したり,表彰台に上ってこけたりとやりたい放題のベルリーノ君ですが,こちらでは結構人気があります.こんなにアクティブなマスコットをみたのは初めてでしたが,ベルリーノ君みたいなマスコットもありだと思いました.彼は−多くのドイツ人は「彼は」と呼んでいます−競技の合間も100メートルを走ったり,トラックの上で腕立て伏せをしたりと,お客さんを楽しませていましたが,マラソンでもベルリンの観光名所の紹介をしていました.おそらく国際放送で日本にも流れたと思います.美術館で彫刻のまねをしていたり,地面に植えられて水をまかれたりした場面が映っていました.出来栄えの良し悪しは別として,こういう試みは面白いと思います.

そういえば,ベルリーノ君はボルト選手と馬が合うようです.ある日,ボルト選手がシャツに「私はベルリーノです(Ich bin ein Berlino)」と書いてトラックに登場すると,ベルリーノ君も数日後に「私はボルトです(Ich bin ein Bolt)」と書かれたゼッケンをしていました.ベルリーノ君が100メートル走をした時も,ボルト選手がスタート地点にいて観客を盛り上げていましたね.

日本では,メダルが何個かということしか話題になりませんが,競技や観客,大会の進め方などもみていて興味深いところはたくさんあります.もうすこし「いい」放送があれば,もっとスポーツを楽しめそうですけどね.

本日はここまで.